EXPERIENCE体験談

花・草・果実・葉・根・樹木

前世療法

2023.08.27

他人を癒して自分が癒された感覚を得たいという人は、世の中に多い。

しかも自分がそうであるのに、そのことに気づいていない人もいる。

その感覚は、いつまで続くのか、私はいつまで人を癒し続けるのか、終わりは見えなかった。

ただ、自分の強さやモチベーションにしたいと漠然と願っていた。

私は前世で、たくさんの植物に囲まれていてそれについて深く知識があった。

ある植物は内臓の不調を緩和し、回復を促すことができるし、また違う植物は、特定の病気に効果があった。これらは父から教わったものだったが、自分もこれらの植物たちを掛け合わせて新しい作用がどう出るのか調べたりと、常に研究が生活の一部であった。

私は父と幼い弟の3人暮らしで、母親は自分が生まれるときに亡くなったらしい。弟の母親もまた、別な理由で一緒にはいなかった。父のいでたちは古代の日本人のように顔の横に髪の毛を束ね、白い服に赤い綱の飾りが入った神社で見かけるような服装をしていた。今いる国は、地中海世界の下の方。国名まではわからなかった。

父は異国から流れてきたよそ者であったが、この国の人々に薬学で貢献した。当時、国の人たちがまだ知らなかった新しい薬草を用い、傷や病に苦しむ人々を救い、研究成果を後世に残すべく書物として記し続けた。

やがて、父が処方する植物の今まで知られていなかった効能の話は、政治の中央である帝国の王室にまで届く。

その時私は20代の青年だった。

漁をしていた私は、空のままの”ビク”を手にしたまま本能なのか父がいる自宅へと帰ることにした。父は外へ出ているか、または自室で植物の研究をしているか…焦りを感じながら家の裏口から中に入る。玄関は、開け放たれた広い作りで、父と複数の影が陽の光をちらつかせていた。

「・・・王の命により、・・・人民を惑わす行為を、・・・直ちに渡さなければ刑を処する」

「王の命ならば」

私は何のことかすぐに理解した。皇帝の使いの兵士がやってきて、父の研究結果を記した羊皮紙をよこせと言っているのだ。何を言っているのだ。それを得て人民を救う心づもりがあるとでも言うのか。黙って成り行きを見ていた私だったが、倒れこむ父を見た時には血の気が逆立った。

走り去る数名の兵士。すぐに父に駆け寄ったが、恐怖を感じざるを得ない出血が私を動揺させた。

叫び、困惑しながらもそれ以上の失血を阻止し、薬草で傷の化膿を遅らせようとした。

花・草・果実・葉・根・樹木、あらゆる植物を用い、熱を持った傷口に全神経を注いだ。

「息子よ、私に死はない。あるのは人々を慈愛する心だけだ」そう言い残して、父はこの世を去った。

父がどれだけ高潔で滅私のひとであっても、兵士に言われるがままに研究成果である人々を救う何十年もの父の気持ちが込められた文書を渡したのにもかかわらず、剣で刺されて殺されなければならなかったなんて死んでも死にきれないだろう。そこに何の意味があったのか。最初から、断れば処刑するという意思があったのだとしても、父は兵士に差し出したのにだ。それなのにだ。

それからといもの、私の目に映るものは灰色の世界となった。

人はいない。色を失った建物や道、木さえも色がないのだ。ナイフを隠し持ったまま、皇帝の居城の目の前に立ちすくんだ。世界は覇権争いが絶えることのない厳たるさまで、城は常に入る者を拒み続けていた。

何度か足を運んだが、この小さなナイフ一本では何も変えることはできなかった。

時間が私を癒すよりも先に、研究に没頭することで憎しみの気持ちは置き換えられていった。

何年か経ち、あれから私は、父が行っていたように、人々に癒しを施して暮らしていた…父とは違って精油でだ。あらゆる植物には油分が含まれており、それを生成することで少しの精油ができる。その精油もまた、人体に有益な効能をもたらした。

書物に書き写し後世に残す。この、植物のポテンシャルを最大限に発揮させた精油の施しは、弟にも継いでもらいたいと考えていた。

…なのにまた同じことが繰り返されてしまった。

兵士に私は殺され、書物は一部持っていかれてしまうのだった。

私が皇帝にとって良くない存在だったんだ…そう考えるほかなかった。人々を癒すことに不都合が、自分たちの立場が脅かされるとでも考えたのだろうな。

私の魂は雲の上から今までいた世界を見下ろしている。

植物に多くの時間を費やしたこと、父を救えなかったこと、強く人を癒したいと感じていたこと、すべてを思い出しました。

いま、私は現在の30代の女の形となって雲の上で前世の青年と向かい合っています。いつのまにかあの青年から自分に意識が戻ってきていました。

私は目の前の青年に言います。

「あなたがお父さんを癒したいと強く望んだから、今の私がある。それがあったから今の私が人を癒す道を歩んでいるんだろうな。でもね、実は私も自分の父を亡くしているの。病気でね。…救えなかったことはすごく辛かった。それだけじゃないんだ。私が子供の時、母は私にせっかんをはたらいて…。苦しかったけど、今、私も子を産んで、シングルマザーになって女の人が一人で子を育てることがどれだけ大変かってわかったら、すべてが許せるようになったの。誰も悪くないって。私が人を癒すのは、大変な思いをしている人たち、その人たちがいえるのを見て、また、私も癒える。そうやって生きてきたんだよ。でも最近、”私の癒し”が前より感じづらくなってきていて、もっと強く人を癒さなければと、ここに来たんだ…それなのになんだか、もう癒されてしまって満たされてしまって、このままで満足したらダメだっておもうんだけど、でももう満たされていて自由を感じるの。」

「素敵なことだと思うよ。」

「今は好きな時に好きなように自由に人を癒せると思う。そしてもっと羽ばたける。」

「その通りだね。僕の分まで幸せになるんだよ」

「ありがとう」

私たち二人は握手をしてお互いの人生に戻りました。

父の死は救えなかったことが心残りになったわけではなく、自分の精神が新しい次元へ上昇するきっかけになったのだと、理解できました。

自分自身が素晴らしい存在であること、その前提で人を癒していけること。幸せを他者に分け与えることができること。自分が幸せだと他者を幸せにしたくなるものだということ。

この精神のメカニズムに気づいた私たちはもう、この先、この学びを繰り返すことはない。