EXPERIENCE体験談
物づくりの青年
2023.02.28
最初は馬が二頭見えました。
灰色の可愛いやつと、白いやつ。灰色のが自分の馬で、とても可愛がっていた。鼻筋を撫でるとブルンとないてくすぐったそうに目をつむった。
自分は小さな村に住む馬好きの青年です。家には父・母・妹と住んでいて、今、自分は職人になるために師匠から鉄加工のやり方を学んでいる最中です。鉄と皮で馬具を作ったり、家庭で使うようなクワや包丁などを主に作ります。師匠はでかくていかつい無精ひげの男で、自分もそれなりに体格がいいが、師匠とケンカになったら負けるんじゃないかと思うくらいの威圧感がある。まあお互い暴れたりはしないけど。
自分は手先も器用で覚えも早く、次々と新しいモノづくりを習得していった。師匠も、教えがいがあるとほめてくれる。
父は教会の牧師で子供たちに勉強を教えたり、大人から悩みを聞いたりする人望が厚い聖職者だ。優しい性格で、街中を歩くとなついた子供たちが父の後をついてくるくらいだ。
母は怒らせたら怖いけど普通の女性。華やかさがあって、人情味があるひと。妹はまだ8歳で年が離れてるからか、かわいくてしょうがないし、今から悪い虫がつかないか心配するほど大事に思う。家から帰ったらいつも、どこ行ってたの、次はいつ馬に乗せてくれるのとまとわりつく。
自分には親友がいて、酒屋の息子なんだが、この田舎の村に釣り合わない派手な服をいつも着ている。どっから持ってきたのその羽?みたいなのを帽子に刺したり…まあ、いつも自分の心配事を聞いてくれたり一緒に釣りをしたり、ダメ出しをしない前向きな意見を言ってくれる良い奴なんだ。
いつものように加工場に行って馬具を作っていた時。やたらでかい師匠がいつも以上に胸を張ってまじめな顔して聞いてきた。
「俺の師匠がスウェーデンにいるんだが…行くか?」と。
でかいんだから正面を向いて話しかけられると目の前が師匠だけでいっぱいになる。
「そんなすぐには行けないですよ…」
俺はモノ作りは大好きだし自分の天職だと感じている。自分が作った物が誰かの役に立つこと、君の作った物は壊れにくいし使いやすい、と褒められればいつも満面の笑みでまた作りますよ、と自分を誇れることが、とてもうれしい。やりがいを感じられる。だけど、ここから遠く離れるなんて考えたことなんてなかった。
人口も多く多彩な技術を持つ隣の国。行けば自分の技術が上がって資産になることもわかっている。
父は教会を続けなくてはならないし、息子は俺一人だし。都会に馬は連れていけないし。家族とも離れなくてはならない。
悩みに悩んでいた。そうしたら、例の派手なあいつが、「自分がしたいことを思いっきりしてみろよ」と言ってきた。
やっぱり前向きな奴なんだよな。俺がやりたいことも悩んでいることもすべてこいつにはお見通し。
こいつのお陰で俺は気持ちが固まった。
父が、俺に牧師を継いでほしいだろうと思っていたのは自分だけだった…父は俺がモノ作りを始めた時から、俺を尊重してくれていたとこに気づいた。そこに気づけたのは、この親友のおかげだった。
都会は人が多くてにぎやかで、街中に家畜の豚とかがいていつもお祭り騒ぎみたいだった。走り去る子供の群れ、怒鳴りつけるおばさん、新鮮な魚介類を売る市場と青果店。建物も立派だった。
おれの2人目の師匠はそんな都会の中心に広い工房と大きな工場を持つ、この国の物づくりを支えるすごい人だった。前と違って小柄な人だけどね。
作られるものは、自分がいた田舎とは比べ物にならないぐらいの種類がある。大きなものはもちろん、家庭で使うような便利な道具。初めて見る物も多くあった。そしてそれを工場生産。俺の仕事は、田舎の師匠の紹介もあってか、道具のデザインを決めることだった。俺が練りに練った使いやすい道具のデザインを完成させて、それを工場の人たちが再現してくれる。ひとつひとつ手作りだがみんなそれなりにすごい仕事をしてくれた。さすがの都会だったわけだ。
2年経ち、仕事に慣れてきたころ、いつも大量買いする得意先のお客さんが娘さんを連れてやってきた。お得意さんはいつもうちの商品を仕入れては売りさばいてくるやり手で、たぶん、国中に俺の商品が行き届いたのは、この人たちのおかげだと認識している。
娘さんは、大人しそうな、フワフワとした、お嬢様ということばがぴったりのかわいらしい方だ。モノ作りに没頭してきた俺だったが、この娘さんが来てくれるたびに胸が温かくなって、いつものさび色の味気ない景色が、鮮やかな花々に包まれたような明るい世界になる。それにこの人の、恥じらうような控えめな笑顔が自分によりいっそう幸せを感じさせた。
結婚式の時でもそうだった。
結婚式には、父母妹、親戚、師匠、派手な奴、ささやかながらに俺という人物を彩った結晶たちが集まってくれた。派手な奴・親友は、俺より目立っているが普段着だからしょうがないんだ。でもほかの嫁側の親族とかもみんな、ちゃんと普段着。結婚式といってもお互いの両家と食事する程度のもので派手さはない。まあ、緊張はするけど。
となりの嫁を見る。
となりの花嫁は俺の目を見て、恥ずかしい、と言って顔を隠してしまった。こんな恥じらう嫁だなんて、なんてかわいいのだろうと、俺はまた胸が温かくなった。きっと目を細めていたのをその場のみんなが見ていただろう。とても幸せだ。
嫁はいつどんな時でも俺のことを労ってくれた。そのままの存在だけでも優しい女性らしいフワフワした感じだけど、声や動作だけでなく、気持ちも優しさにあふれていることがわかる。
「いつもあなたのことを心配しているわ、仕事しすぎるのも気を付けて、あなたの好きな温かいスープを作ったの」
ありがとう、と俺は嫁を抱きしめ、いとおしさを存分に味わう。
「あなたとのことを、今度は違う角度から応援するね」
「わかった」
言葉の意味を理解した俺は、現実に泣いていた。
こんなに優しい大好きな嫁と離れるなんて、今世も一緒になればいいのに、そうしなかったのだ。
前世でこうして物づくりに精を出した自分だったが、前世の嫁は、今世ではたまにしか会わない女友達として、今の私には無い、女性らしさというものを遠くから教えてくれていた。今の私がアセクシャルで、女性というものの存在がわからなかったからだ。自分に無いものを遠くから教える…前世では存分に生を全うして私とこのお嫁さんは一つの学びが終わったらしく、次には、自分が女性というものを勉強しなくてはいけないらしい。
すべてが絡み合っている。
それは、前世での派手な奴・・・親友が、今の私のパートナーだからである。
パートナーは私がやらかした時も悩んでいるときも、根拠がないのにいつも大丈夫と言ってくれる。でもその根拠のないはずが、言ってくれるだけで心が強くなれるのだ。
現世で、私が幼いころに受けた強要された教育も、大人になって混乱した感情も、他人を自分を許せない重苦しい世の中さえも、こいつはすべて大丈夫と言ってくれる。それに今世でも派手なんだ服装が。
この前世では、世の中はもっと楽しめる軽やかなものだと教えてくれた。そして”俺”は歳を取って仕事を引退し、暖かな暖炉の前で静かに息を引き取る。そこに後悔も懸念もない、すべてが自由意志の元、人の多様性を尊重できている素晴らしい前世だった。
次に自分に課題を設けた。問題が起こったとして、どう解決するか、いかに対処して乗り越えていくか、魂が磨かれるために体の全てを使って感じ取るのだ。